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Forest Symbiosis Theory

Concepts of forest symbiosis housing and forest medicine for foreigners.

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月刊「左官」6月号

 土を意識する生活者と左官のための月刊誌 月刊「左官」6月号に
「未来和風」の様式-左官仕上げの位置づけ- 落合俊也
という文章を書きました。興味のある方はぜひご覧ください。


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  1. 2008/06/02(月) 11:34:52|
  2. 掲載雑誌・記事
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月的建築術(その18)

 熱 vs 火
 
 現代住宅の中から火の気がなくなりつつあります。かつて薪を燃やすことで得ていた住居の熱は、やがて石油やガスに取って代わりました。それが最近ではIH(電磁調理器)やヒートポンプにさらに変わりつつある。
 ここにはもう火は存在せず熱だけの世界です。火はないけど熱はある不思議。自然にお湯がわく不気味。これから火を知らない子供たちは熱をどのように認識するのか、想像すると恐ろしくもなります。

 薪や炭による火は、人と同類の温かみや物語性を持っているように思います。囲炉裏や暖炉の周りには熱だけでない人間の暖かい交流のドラマがありました。原始の時代から住居の中心には火があったのです。

 木は燃えることで固定していた二酸化炭素を放出しますが、これも太陽―月―地球系のエネルギーやり取りの一場面です。太陽のエネルギーを利用して、かつて木が自らの体に閉じ込めた炭素を地球に返す炎なのです。だから人は太陽のない暗がりで火を見つめながら火と一体になって安堵感を得る。原始本能を呼び覚ます一種のエネルギー補充になるんですね。

 住居が単に高性能な器と化した現代では、開放燃焼は空気を汚すと嫌がられます。部屋の中で火を燃やすなんてとんでもない!という時代なのです。調理にまきを使うところまで戻るのは大変ですが、住居に火種を取り戻すぐらいはしたほうがいいかもしれません。火鉢なんていいですね。

 考えてみれば、月(つき)と火は抜群の相性です。(なんとなくそう思えます)だとすると月的寓居に火は欠かせないという事になる。

 「住居に本物の火を取り戻す」これは思ったより難しい大きなテーマかもしれません。



IMGP0427_convert_20080612103705.jpg


<火もない、熱もないのにやかんだけでお湯が沸く。ぶんぶく茶釜の世界>


  1. 2008/06/03(火) 14:02:27|
  2. ムーンハウジング/月的寓居
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月的建築術(その19)

 世の中を良くする究極の住宅設計①-冷蔵庫禁止令-

 もし家に冷蔵庫がなかったら、、、、。これは生活がひっくり返ります。食生活がガラリと変わる。住人の行動自体もかなり変わる。なによりも相当に頭を使うようになるに違いない。保存や調達、やりくりの計画。乾物などの保存食がふえ、伝統の食文化が復活するかもしれません。

 今は何でもとりあえず冷蔵庫に入れておけって事で本当に考えないで済んでいます。これでは大切な生活の知恵や工夫も育ちようがないのです。
 確かに生ものは痛みやすくなるけれど、傷む前に新鮮なうちに食べてしまえばいい。中国製冷凍餃子事件なんか絶対起こる余地はない。こちらのほうが安全でおいしい食事になりそうですね。

 現代はあまりにも冷凍冷蔵技術に頼りすぎて、逆に大きな無駄をしたり、あやしい危険が生じたりしているのです。新鮮な食材だって冷蔵庫にいったん保存して、わざわざまずくしてから食べているようなところがありませんか?

 食料は本来食べるだけ取ってきて調理すればよい。我々の食品流通消費社会はこのシンプルな原則をもう一度取り戻すべきでしょう。そもそも家に冷蔵庫があるから食料が大量に合理的に生産されるプロダクト品になってしまったのです。

 自然食運動なんて甘っちょろい!いっそのこと冷蔵庫禁止運動を仕掛けて食にまつわる行動を根底からひっくり返したほうがよい。そのほうが返って無駄がなくなり電気代も減って地球環境にも良いですしね。

誰か冷蔵庫のないライフスタイルの設計を試みる兵(つわもの)はいませんか?



IMGP0437_convert_20080612103801.jpg


<そっか~ こいつらが地球環境を壊し、人の健康を脅かす悪の根源だったのか~> 



 
  1. 2008/06/11(水) 15:26:17|
  2. 環境効率/資産価値
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月的建築術(その20)

 世の中を良くする究極の住宅設計②-排水口禁止令-

 「住居に排水口は1箇所しか設けてはならない」建築基準法がこう改正されたら、その一箇所をどこにするか?
 大抵は便器の排水を選ぶでしょうね。

 排水口は蛇口の数だけあるのが普通ですが、だから水を粗末に扱うことになるのです。家の中の蛇口の下に排水口がなかったら、、。朝の歯磨きだってきっちりコップ一杯だけ水を汲みうがいした水は手持ちの洗面器へ。いちいちただひとつのトイレの排水口に捨てに行かなければならない。排水量を多くすると捨てるのが大変になるから気を使うし、その分工夫に頭も使う。
 水の有効使用率100パーセントの世界。ここまでするとおそらく水の使用量は十分の一以下になるのではないでしょうか?

 今日本の住宅では、ただ無駄に流される水の量がとんでもなく多いはずです。世界的には水不足が叫ばれているのに日本は一体何をやっているのでしょう。 
 アフリカなどの国では、子供たちが片道数キロの距離を一日分の水をかめに入れ頭に載せて運びます。それを思ったら「排水口が無いくらい何だ!」と思いませんか?

 でも、これでまた家の設計が大きく変わることになるでしょうね。
 誰か排水口のない家を住みこなすことが出来る最強の兵(つわもの)はいませんか?もしいたら一緒にそのライフスタイルから設計してみようではありませんか。


IMGP0440_convert_20080617090328.jpg


<排水口がすごく貴重に見えてきたっ!>



  1. 2008/06/13(金) 17:35:38|
  2. 環境効率/資産価値
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月的建築術(その21)

 世の中を良くする究極の住宅設計③-まさかの電気使用禁止令-

 どうせ究極の禁止令を考えるならここまでやってしまいましょう。照明もテレビもパソコンも家では使えない。そんな生活は不可能と思いますか?

 でも人類の歴史から見れば、つい最近までそんな暮らしをしていたのです。そんな生活は想像できないし不可能だと我々が思うとしたら、そのくらい昔の人と我々現代人は断絶があるということです。

 日が沈んだあと電気もテレビも情報誌もない中で長い夜をどのようにすごすか。我々現代人は何もなければ何も出来ない。おそらくもう寝てしまうしかない。
 でも昔の人は月を探してその明かり下に集まったに違いない。長い夜、月を見上げて深い思索の旅に出たに違いない。月の姿の移ろいに物の哀れを感じ、人生と死を深く悟ろうとしたに違いないのです。 
 古典文学や古典美術や建築が月をテーマにしているものが多いのは、こう考えると当たり前のことです。

 現代人は夜の明かりと情報を得る代わりに月を失った。そして、人としてどのように生きどのように死んでいくか、深い思索の機会を失ってしまったのだろうと思います。

 電気を使わない家。実はこれこそ究極の月的寓居の要件になるのかもしれません。



  1. 2008/06/17(火) 08:58:36|
  2. ムーンハウジング/月的寓居
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月的建築術(その22)

 満月のホームパーティー



 今日は満月だ。
 月待ちの酒宴を催して友と語ろう。

 杯(さかずき)に映る月を崩して飲み干そう。
 クリスタルグラスに月を映して飲み明かそう。
 
 満月の夜(よる)遊び。

 「得月」の宴。



  1. 2008/06/19(木) 22:57:54|
  2. ムーンハウジング/月的寓居
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月的建築術(その23)

 虚構の光で満たす設計

 日光東照宮が太陽をシンボルとした実体であるのに対して、桂離宮は月をシンボルとした虚構だという対比があります。
 太陽の反射光に過ぎないという月の虚構性。いかにも日本人好きのする世界観です。

 この対比は金閣と銀閣にもあります。日本の為政者、権威者の作った建築にはたいていこの日本人的な死生観、そして虚構と幻幽の世界表現の痕跡がある。移ろいゆく物の哀れ、夜毎に立ち現われるこの感性のやり場を求めて人の心はさまよい続けてきたのです。


 さて現代の家、、、、、ではこんな気持ちになれませんね。こんな気持ちにたまにはなりたいと思っても今の家では無理。何故って、夜の闇と虚構の光-月-これがないから無理なんです。住居が工業的生産物になってしまったことが虚構性が排除された原因のひとつでもありましょう。

 今、世の中は実体ばかりを重んじて、虚構を排除する方向に進んでいます。だから人は闇を嫌うようになった。生死の問題から目をそむけるようになった。夜が必要なくなってしまったのです。

 せっかく夜は暗いのだからその闇に対峙し、深く人間らしい思索の果てに、虚構の月の光にしばし助けを求める。夜の闇を受け入れ、月の虚構の光で満たすことの出来る家が本当は必要なのだと私は思います。

 でもあまり深く追い詰めてはいけません。月は人を狂人にする力もあるそうですから。




  1. 2008/06/23(月) 08:33:34|
  2. ムーンハウジング/月的寓居
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プロフィール

Toshiya Ochiai

Author:Toshiya Ochiai
落合俊也(おちあい としや)
Toshiya Ochiai

建築家/ 森林・環境建築研究所 代表
Forest Baubiologie Studio Inc.


森林・環境建築研究所 Web Site

[Forest Baubiologie Studio]
http://www.fb-studio.jp/

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