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Forest Symbiosis Theory

Concepts of forest symbiosis housing and forest medicine for foreigners.

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新建ハウジング新年特集号

 新建ハウジング新年特集号に5ページにわたってSILK-HUT「月舞台」が特集されています。かねてから物つくりの最前線にいる職人さんにスポットを当てた取材をお願いしています。しかし、なかなかそのようにしてくれる建築メディアは少ないのです。今回は編集の佐々木さんの手腕もあってなかなかいい記事になっています。


新建新聞社

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  1. 2008/02/05(火) 10:35:37|
  2. 掲載雑誌・記事
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

月的建築術(その4)

 新月伐採木「ノイモントホルツ」

 皆さん、新月材ってご存知ですか?細かい定義はさておいて、冬の新月期に伐採された木は材料としての素性がよいという言い伝えが世界中あちこちにあるのです。
 地球上の生物は多かれ少なかれ月の影響を受けています。海の水をあれだけ持ち上げる力があるのですから、ほとんどが水分で出来ている我々人間や植物だってそのリズムを反映しているに決まっています。有名な話ですが潮の満ち干も女性の月経も月の周期と一致しています。

 人間と木は、このように月のリズムを通じて結びついていた同類項なわけです。月のリズムを持つもの同士が住の体系を支えあうとしたらこんな最適解はありません。人が木の家に惹かれる原初的理由はこんなところにあるのではないでしょうか。

 生きている木に対峙した時、人は直感的に生命波動の同調を察して親密感を覚えます。しかし切り倒された木はいったんその生命を終える。その後材料として第2の使命を与えられる時に、かつての同胞としっかり同調し合えるかどうかは、その後人の手によって生命エネルギーを投入されたかどうかに懸かっている。ほとんどの木は残念ながら人との関係を復活できないままにただの材料と化す。人の手で愛でられ、創作エネルギーを投入された木材だけが再び人と同調関係を取り戻すことができる。だから木は人の手で仕事を加えなければかわいそうなのである。以上は私の勝手な想像話ですけど、、、。

職人の手による丁重な仕事で再び生命を得る



 居住空間が住人の身体と同調関係にあるとしたら、、、、。想像するだけでわくわくしてしまいます。
 

新月の木国際協会

  1. 2008/02/17(日) 11:36:11|
  2. 生命素材主義
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  4. | コメント:2

月と森と人と / 新月の木国際協会会報第8号


 新月の木が世の中に認知されてくるにしたがって、信頼性保障の問題がクローズアップされてきます。偽物の新月材が横行している現状も見逃せません。これからますます新月の木国際協会の役割も重要になってくるでしょう。当協会の季刊会報誌「月と森と人と」に私が寄せた一文を紹介します。前回のブログ内容と一部重複しますが悪しからず。


 月と呼応する住居の時代
                                           落合俊也
 木はまったく可哀相な扱いを受けている。人は自分より長い時間を生きて成長を続けてきた木を切り倒し、自分の都合で粗末に扱う。素材に畏敬の念を払い、手をかけて物を作るということをしなくなって、物作りの精神や姿勢がずいぶん変わってしまった。素材に対する思いの欠如した物つくりなど本来ありようがないのに。

 家に使われる木のことを考えてみよう。木造といっても、ほとんどの場合その木は壁の中に隠れている。どうせ隠れて表に出ない木であれば、そんなに手をかけることもない。かくして建築における木の立場は下がる一方となってしまった。
 伝統的な工法に見習い、木を表に出して構造即意匠のデザインを長く続けてきた筆者の周りの職人すら、その思いの欠如が見受けられる事がずっと気になっていた。職人の物つくりの姿勢をもう一度昔のそれに戻すことの意義は、労働の本質的意味を問い直すことでもある。職人は自分たちのためにも木に対する姿勢を正す必要があるのだ。

 ところで、木と地球と人間は同一生命体である。宇宙的視野から見れば地球と月も兄弟のように影響しあう存在である。月は地球のかけらだという説もある。ここからは私の勝手な想像話。お互いに影響しあって生きてきた木が、ある日同胞の人間の手で切り倒され、生き物としての生命を終える。その後、素材として再び命を吹き込まれるかどうかは、かつての同胞者だった人間の手で再びエネルギーを注入されるかどうかにかかっている。人の手に愛でられて、再び木と人は同調関係を結ぶのである。だから木造住宅の木は職人の手で加工され細工され、そしてそれらは隠されることなく構造即意匠で表されて、住人との間で呼応しあってこそ神秘性と芳醇さを併せ持つ、まさに人間的空間となりえるのである。 

 地球の懐に抱かれ、樹木に抱かれながら月を見上げて、安息の心を満たした古人の人間らしい本質の心うち。現代人にその心を呼び起こす究極の家の姿をこのやり方で再現することができる。 

 これに比べて現代の家はなんと御粗末なのだろう。工業製品を現場で切り貼りしたり設置するだけで出来上がる力のない空間は、まさに本質的豊かさを持った昔とは断絶がある。
(月と森と人と/第8号 2008年2月15日発行)




  1. 2008/02/19(火) 09:31:39|
  2. 掲載雑誌・記事
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月的建築術(その5)

 低炭素住宅の時代

 世の中は急速に低炭素社会に移行しています。二酸化炭素を出さない物づくりや行動に高い価値がつけられる時代が来ているのです。ヨーロッパ先進国とアメリカ属国(日本)を比較すると大分この感覚には温度差があるようです。日本ではまだエコも商業利用のにおいがぷんぷんで、ファッションの域を脱していないように見えます。特に建設業界は儲かるからエコをやろうという発想がぬけない。ヨーロッパのエコ先進国とはその取り組みの歴史や民度が違います。この遅れは情けないけどしょうがないですね。

 CO2を出さないことに価値がつけられる社会になると、家そのものの作り方も根本から見直さねばならなくなります。性能を高めたり設備効率を高めて省エネを図るのはもちろんですが、生産時と廃棄時にいかに二酸化炭素を出さないかが建物の価値の基準になるわけです。その事にみんながお金を出すようになるなんて今は信じられないかもしれません。
しかし、おそらくかなり早い時期にそれが常識的発想になって来るでしょう。

 地場の森林資源を天然乾燥し、大工職人が手と頭と道具を使って現場作業を中心に物づくりを進める。このような一昔前のやり方が、再び人類的な統一指標として見直される時代がもうすぐそこまで来ているのです。しかし、低炭素な生産体制を実現するためには一品生産でも大量生産でもない適正規模の合理体系を見極めることが出来るかどうかにかかっています。こうなると住宅業界も再編が必要になるでしょう。


木と漆喰そして職人の手仕事による低炭素施工

<木と漆喰と職人の手仕事による低炭素施工>

 
 伝統的物づくりの姿勢はこの50年の間にあっという間に駆逐されてしまいました。しかし、大資本による大量生産 / 大量廃棄の利益追求社会は思ったよりは長く続かないのかもしれません。家づくりの生産風土が、伝統に戻るための価値指標が低炭素社会への時代要請によって再構築されるとしたら嬉しいことです。まだまだ人類の社会的自己免疫力は捨てたものではありません。これは希望的観測でしょうか?



  1. 2008/02/26(火) 11:59:11|
  2. 環境効率/資産価値
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プロフィール

Toshiya Ochiai

Author:Toshiya Ochiai
落合俊也(おちあい としや)
Toshiya Ochiai

建築家/ 森林・環境建築研究所 代表
Forest Baubiologie Studio Inc.


森林・環境建築研究所 Web Site

[Forest Baubiologie Studio]
http://www.fb-studio.jp/

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